所蔵品紹介
堺市では、与謝野晶子の自筆資料や著作本、遺品や書簡などを中心に、夫の与謝野寛をはじめ、『明星』の同人や弟子に関する資料を収集しています。所蔵点数は現在、約1,800点です。
「さかい利晶の杜」で保管している資料は、明治から大正・昭和にかけて活躍した晶子の活動の全貌を網羅しています。なかでも、晶子の親族や弟子たちが晶子から譲り受けた資料は、他にはない特別な逸品です。
また、資料の中には、晶子を敬愛し、国内外にわたって顕彰活動を行った実業家・富村俊造所蔵の「富村コレクション」など、晶子研究や顕彰活動に欠かせない資料も多数含んでいます。
これらの資料の中から代表的な資料群を、以下の通り紹介します。
(ご注意)
※画像、文章の無断転用、転載はお断りいたします。
※資料の閲覧は、事前の申請が必要です。資料の状態によっては、閲覧をお断りする場合がございます。
※資料の画像利用については、堺市博物館の「特別利用について」をご覧ください。なお、詳細につきましては、「さかい利晶の杜」担当学芸員にお問合せください。
晶子の堺時代資料
晶子は22歳で上京するまでを堺で過ごしました。
晶子の生家・駿河屋は和菓子商で、父宗七はその二代目、晶子の弟籌三郎が三代目を継いでいます。
晶子が育った駿河屋の家屋は、太平洋戦争で跡形もなく焼失したため、当時を知る資料が少ない中、ご遺族から駿河屋の暖簾や帳簿、受章メダルなどの貴重な資料が寄贈されました。
さらに、駿河屋の美しい引札や菓子ラベルも所蔵しており、かつての銘店駿河屋の華やかな姿を偲ぶことができます。
文学的資料としては、晶子が堺時代に投稿し掲載された文芸雑誌を所蔵しており、晶子だけでなく、当時の関西(堺)の文壇の様子を知ることができます。
川勝コレクション
当資料群の中で、最も華やかで美しいのは、川勝堅一から寄贈されたコレクションです。
川勝は、髙島屋の重役で与謝野夫妻の弟子でした。
髙島屋は、流行の先端をいき、着物の流行を創る催事「百選会」を開いて晶子を顧問として招くといった文化的事業を行いました。
与謝野夫妻や堀口大学といった文学者だけでなく、北野恒富や鏑木清方など一流の画家たちとも交流をもち、夫妻との合作の美しい芸術品を次々に生み出しました。
これらの資料は、堺市で晶子顕彰が活発になった昭和30年代に開催の「与謝野晶子展」で展示され、その後「川勝コレクション」として35点が寄贈されました。
晶子旧蔵資料
資料群の中でも、与謝野家や近しい関係者が所蔵していた資料は特別な意味を持ちます。
特に、最後の大作『新新訳源氏物語』の自筆草稿554枚には推敲の跡が残され、執筆過程がわかるだけでなく、晶子が「源氏物語」をどれだけ理解し、情熱をもって源氏訳に取り組んでいたかを感じとることができます。
また、寛の草稿や愛用していたフランス語の百科事典をはじめ、新聞の切り抜きや『日本古典全集』の校正指示原稿などの貴重な資料も所蔵しています。
そして、弟子たちが譲り受けた夫妻愛用の品々は、その温もりや生き方を感じる数少ない資料です。